塾専用コミュニケーション &業務管理システム

塾講師ログイン

中小・個人塾のための実践論 [4]
「教育法」から「◯◯」に打ち出しを変化させたC塾

著者の紹介

森 智勝

(もり・ともかつ)

学習塾経営アドバイザー

17年間の塾経営を経て、塾専門のマーケティング勉強会(塾生獲得実践会)を設立。机上の空論ではなく、現場主義を貫くマーケティング手法を全国の塾に提供している。経営コンサルタント、スタッフ研修等を専門に行っているが、特に不調塾の立て直しには定評がある。

A塾は地方都市の中心部にあり、長年の実績と信頼を積み重ね、1教場に200名の塾生を集める優良塾です。そのA塾が近隣に新築移転開校することになりました。事前のプロモーションが上手く運び、春季に約120名、夏期に約80名の新塾生を迎え、350名を超える塾生が在籍するまでになりました。単価の高い個別部門が大幅に伸びたため、売り上げはほぼ倍増です。

良い事尽くめのようですが、塾長先生は1つの懸念を抱えていました。一気に塾生が増えたため、生徒の顔と名前が分からないと言うのです。

言うまでもないことですが、コミュニケーションの基本は相手の顔と名前を覚えることです。あるドラマの一場面です。大きな企業の社長がパーティーに出席すると、向こうから声が掛かります。すると秘書がすかさず「〇〇協議会の佐藤会長です」と小声で教えます。社長は満面の笑みで「お久しぶりです。佐藤会長!」と挨拶をするのです。元首相の故田中角栄氏は、一度会った人の顔と名前を忘れないという特技を持っていたそうです。それが氏を政界のドンに祭り上げる原動力になりました。

生徒数が30人や50人の個人塾ならば絶対に発生しない問題です。そうした塾は多分、保護者(母親)の顔も馴染みでしょう。強固なコミュニケーション・サークルが自然と構築されます。しかしA塾のように、1校舎に350人、新入生が一時期に100人を超えると困難です。しかしそれを、生徒が多いのだから仕方がないと諦めていると、いつか足元をすくわれます。最初から無理だと決めつけて何の手も打たない塾と、それでも工夫(努力)を続ける塾との間には大きな差が生じます。

そこで私は次のような提案をしました。

方法は簡単です。入塾前の説明会、来塾時に、デジカメ(スマホ)で記念写真を、可能ならば親子ツーショットの写真を撮るだけです。その写真を塾生の個人ファイルに貼付すれば終わりです。

そして、その生徒が初登塾の日の朝礼(夕礼?)時に、プリントアウトしたファイルを講師たちに配り、「今日、鈴木健太君が初登塾します。皆さん、声掛けをよろしくお願いします」と確認しておきます。

健太君は初めての通塾で緊張していることでしょう。教室の扉を開くことを躊躇(ためら)っているかもしれません。そんな時、見たこともない塾講師から「健太君だね。僕、数学を担当している高橋です。これからよろしく」と声を掛けられたらどうでしょう。

別の、これも初対面の先生から「野球部だって? ポジションは?」と聞かれたらどうでしょう。絶対に感動すると思いますよ!

家に帰ったら両親に、「今日、初めて塾に行ったら全ての先生が僕のことを知っていて、声を掛けてくれた」と、嬉しそうに話すでしょう。それを聞いた両親も安堵し、感動してくれるのではないでしょうか。この塾に決めて良かったと思ってくれるはずです。

そして社員スタッフには毎日、全塾生の生徒ファイルを閲覧し、顔と名前を覚えることを「業務命令」します。ひとり5秒としても100人の生徒を閲覧するのに10分も掛かりません。

こうした問題は、規模の小さな集団塾には発生しないかもしれませんが、個別指導の塾では注意が必要です。指導現場(教室)にはアルバイトの学生講師を含め、複数の塾関係者が存在しています。新塾生が教室にやって来ます。勝手が分からず、マゴマゴしています。誰も我関せずと無視するのは最悪ですが、気付いた学生講師が声を掛けます。

「どうした? 新入生? 名前は?」

教室長を見ると、まだ自分の生徒の指導に夢中です。仕方なく、「じゃあ、この席に座っていてね。もうすぐ教室長が来るから…」と、自分の担当生徒のところに行ってしまいます。数分してから教室長が「ゴメンごめん、待った?」と近寄ってきて、やっと対応してくれました…さて、この生徒はどう思うでしょう。この様子を聞いた保護者はどう思うでしょう。

大抵の場合、新入生は授業開始時刻の数分前に教室にやってきます。ところが担当講師も教室長も、まだ指導に夢中になっていたりします。いくら教室長が担当講師に、「今日から鈴木健太君が2コマ目に来ます。よろしくね」と伝えていたとしても、1コマ目の生徒の指導に熱中して忘れることもあります。それが日常で、慣れた生徒は勝手に席に座って当日の学習を始めているかもしれません。しかし、新入生にとってその日は日常ではありません。だからこそ、現場スタッフは細心の注意と配慮が必要なのです。

現場スタッフ全員に生徒ファイルを配るのが面倒ならば、せめて「ようこそ、鈴木健太君!」というポスターくらいは貼って、当日のスタッフ全員に注意喚起すべきです。

よっぽどの例外日を除けば、1日にやって来る新入生は多くても数人です。仕組みさえ作って運用すれば、そんなに難しいことではありません。そう、全ては仕組み作りの問題です。

A塾はすぐに取り組み、それが功を奏したかどうかは不明ですが、その後の3カ月で更に30名の増員を達成しました。