このコラムの初期に、「ビジネスは商品力が8割」という話をしたと記憶しています。今回はその実践編をお届けします。
A塾は地方の、お世辞にも都会とは言えない田舎町にありました。当時、生徒数は40人そこそこ、塾長と社員講師(女性)がひとり、そして奥様が事務をしていました。対象は中学生が中心で、数人の小学生が在籍している、いわゆる英数(算国)補習の集団指導塾です。月謝は中学生が16,000円、月の売上が60万円弱です。季節講習は受講必須で、該当月の月謝が通常の1.5倍という設定でした。教室の家賃と社員の給与を支払うとカツカツで、それこそ藁をも掴むという気持ちで私に支援依頼をしてきたのです。話をしてみると塾長(当時40歳)は、まだ塾経営に意欲的で、業績向上のためなら何でもやるという覚悟が感じられました。そこに望みをかけ、私は塾再建の依頼を受けることにしました。秋の気配が強くなった10月中旬のことです。
塾長から最初に受けた相談が、「経費削減のため社員講師を解雇すべきかどうか」というものでした。
利益のためには経費削減が手っ取り早いが…
企業再建のために経費削減をするのは常套手段です。特に人件費は最初に目を付ける経費削減の対象項目でしょう。リストラという言葉が人員削減を意味するようになったのも、企業の再構築=人員削減という印象が強くなった結果です。しかし、盲目的な人員削減はお勧めできません。人件費は経費ではなく投資と考えているからです。特に塾というビジネスにおいて教師は商品そのものです。人員削減することは、商品そのものを棄損することにつながります。また、A塾にとってはたった一人の社員です。塾長には情もあります。しかし自分一人で英語も数学も指導すれば、人件費分の利益が生じます。塾長は利益と情との間で苦悩していました。
確かに「利益=売上-経費」です。利益を上げるためには経費削減が最も手っ取り早いでしょう。しかし経費削減には限界があります。もちろん無駄な経費は削除するべきですが、それでも地代家賃や光熱費、教材費等、必要経費は存在します。勢い、売上増を図らなければ業績の回復は望めません。そのためには商品力の向上は必須です。塾長ひとりで指導する方がクオリティが高くなるのでしたらいいのですが、指導レベルが落ちるのなら本末転倒です。
私は塾長の相談に応えるため、社員教師との面談をしました。すると彼女も、今のままではいけないと思いながら、何をして良いのか分からない様子だということが解りました。どうも、彼女が担当している英語の授業に関して、塾長からは何の注文も指導もなく、いわゆる丸投げ状態だったようです。実際に模擬授業を披露してもらったのですが、贔屓目で見て「塾長は平均点、社員教師は平均以下」でした。
経費削減方針から商品力アップに方針を一転
私は塾長に「まずは商品(授業)の質を高めましょう」と提案し、(集団指導の基本を説明した上で)その日から週に2回の模擬授業研修を義務付け、月に1回、(私の)訪問日に成果を披露してもらうようにしました。社員の解雇は、翌春までの成果を見て決めるということにして。奥様を加えた3人は愚直に模擬授業研修を続け、半年後には見違えるような授業を展開するようになりました。それまで行き当たりばったりだった授業が、模擬授業が事前準備の役割を果たしたようで、実際の授業も緩急(メリハリ)のある締まったものになり、それは生徒の評判にもつながっていきました。
それと並行して、カリキュラムの大胆な改革に着手しました。前述のように、A塾は「週に2回、英語と数学を2時間ずつ指導する」という英数塾でした。それを「英語と国語で2時間、数学と理科で2時間、オプションで社会+苦手科目で90分(自立学習)」の5科目指導に変えました。講義形式の予習指導を徹底し、テスト前補講を強化、テストで高得点を取らせることに集中しました。授業料は4科で19,000円と3,000円の値上げ、オプションも加えると6,000円UPの22,000円に設定しました。
テスト前の土日は12時間特訓、テスト当日は早朝学習(朝塾:朝食支給)を実施しました。とにかく成績向上に資することには全て取り組みました。大きな改革をした後は、どんなことをしてでも成果を出さなければならないと、私も塾長を叱咤激励しました。その時のことを振り返って社員教師は、「塾長は怖いくらいだった」と言っています。とにかく、「これでダメだったら後はない」という覚悟で塾長は取り組んだのでしょう。その熱意に応えるように、生徒も頑張りました。そして改革初年度の最初の定期テスト(6月)の結果は…
多くの個人塾がそうであるように、A塾も塾生全体の半数近くが中3生でした。その20人の平均点(5科目)が420点オーバーを記録しました。中2の平均は残念ながら390点台でしたが、中1も410点を超えました。親どころか生徒本人がビックリする成果を叩き出したのです。前回と比べて100点UPする生徒はざらで、中には200点以上UPさせた生徒も何人かいたものです。(もちろんA塾には入塾テストなどなく、普通の生徒が在籍している塾です)
夏期講習の案内を兼ねたテスト後の3者面談は、保護者も生徒も笑顔が絶えなかったそうです。
その夏期講習も大改革をしました。
それまでは既成の夏期ワークを使用し、おざなりの講習を実施していました。講習費は通常月の半分ですから8,000円(中学生)です。総額でも27万円程度の売上でした。その内容を一新し、中3生は受験を視野に入れた本格的な講座を5万円(1泊2日の合宿込み)に設定しました。もちろん必修ではなく任意受講にしました。他学年も3万円の費用設定です。塾長は朝から晩まで休みなく夏期講習と通常授業をこなしました。講座は受験レベルに設定しましたので、社員教師は午前中に、午前中から授業のある塾長は早朝に予習をしました。地獄の1カ月だったと思います。しかし、その見返りは…
6月のテスト結果が驚異的だったこともあり、任意受講にも関わらず90%以上の生徒が夏期講習を受講してくれました。評判を聞いて、多くの外部生も申し込んでくれました。結果、その年の夏期講習売上は240万円です。例年の10倍近い額になりました(ちなみに翌年の夏期講習は350万円の売上でした)。生徒も増え、A塾の経営体質は急速に強化されたのは言うまでもありません。
塾というサービス業は目に見える商品を扱っているわけではありません。しかし、授業という商品の質を高め、成績向上という顧客ニーズに応えることは、業績を向上させるために必須のことです。自塾を立て直したいと希望されるのなら、まずは授業という商品力の強化から始めることです。