コロナ危機が学習塾に及ぼした6つの影響
コロナ危機が学習塾に及ぼした影響は、主に以下の6点に集約できます。
- 問合せの減少
- 退会の減少
- 売上の減少(客単価の減少)
- 通信教育の生徒数増
- 生徒・保護者のITリテラシーの向上
- GIGAスクール構想の前倒し
塾経営においては、甚大な被害をもたらしているコロナ危機ですが、実は影響は限定的です。むしろ、コロナ危機で、昨年までの塾運営ができないことによる判断ミスと業績悪化による心理的な悪循環が被害を拡大しています。
また、生徒・保護者へのコロナ危機の経済的影響や心理的影響をかってに推測し、判断ミスをおかしていることも被害を拡大しています。
上記の6項目を見ていただくと、生徒数・売上を減少させる要因は、問合せの減少しかありません。売上(客単価)の減少は、塾側の「保護者が経済的に困っているのでは。」と言う思い込みによって生じています。
【1】問合せの減少
まず、最も影響の大きい問合せの減少の分析から始めます。月ごとの問合せの減少は、3月から5月までは、軒並み50%~80%くらいまで問合せの減少が起きました。これは、全国的な現象ですが、感染者数が多かった都市部と少なかった地方では差が有ったようです。
私が住んでいる関西で言うと、大阪府が最も影響が多くて60%程度、奈良・滋賀などは70%から80%、兵庫や京都はその中間と言った状況です。
1学期の定期テストが終わった7月20日以降問い合わせは動きだします。しかし、8月と9月は塾によって明暗が分かれます。問合せが前年対比を大きく超えた塾と3月から5月と変わらない数字で、悪いまま推移している塾です。これには、コロナ感染者数が多いところほど戻りにくいと言う傾向は見られますが、それ以上に塾運営が影響しているように思います。問合せが戻った塾は、8月で前年対比150%から200%、9月で110%から120%程度です。戻らなかったところは、3月から5月までと同様です。
これは私の仮説に過ぎませんが、学校休校中にオンラインスクールなどを実施し、保護者の感謝の声が多かった塾は、問合せの戻りが早かったように思います。オンライン授業の満足度も大きく関わっているように思います。
しかし、最も注目すべきことは、同じ塾内でも教室間格差が大きかったことです。分かりやすく言うと20代の若手教室長の教室は問合せが前年対比を大きく割ったのに対し、30代以降のベテラン教室長、特に40代以上の教室長の教室では、問合せが前年対比を超えていたことです。昨対150%を超えた教室も有りました。
30年前、少子化が始まる前は、塾は保護者が選ぶものでした。受験競争が激しく、塾選びは真剣勝負だったのです。しかし、少子化が始まり、受験競争が緩やかになると、徐々に友達紹介が有力になって行きます。今から10年ほど前の文部省の調査で、なぜ今通っている塾を選びましたかと言う問いに対し、1番多かったのが、「近いから。」、2番目が、「子供がそこに行きたいと言うから。」でした。つまり、塾選びの基準が、保護者紹介から友達紹介に切り替わっていたのです。保護者が塾選びを真剣に考えなくなっていたのです。媒体分析で紹介を「友達紹介」と「兄弟姉妹」の二つに分類し、保護者紹介が無くなっている塾もあります。そのくらい、保護者紹介が減っていたのです。ただし、中学受験はいまだに保護者紹介ですし、保護者が塾を選びます。これが、中学から高校へと進むにつれ友達紹介の比重が大きくなるのです。
年齢によって受信数に差が出たのは、学校が休校していて、友達紹介が作れなかったからです。最近の塾の教室運営、特に個別指導塾の教室運営は、友達紹介を生み出しやすい、楽しい教室作りをしてきました。若手社員はこれしか知りません。一方、今まで業績が良くなかった、旧来の保護者紹介に力をいれる教室運営をしてきたベテランが、学校休校で急浮上してきたのです。保護者紹介を作るには、保護者への説得力が必要で、教務力を求められます。ですから、保護者紹介を作れる社員は、もともと優秀な社員です。しかし、友達紹介が主流の時代には、業績を伸ばせませんでした。若手に負けてしまっていたのです。それが、学校休校によって保護者紹介に切り替わることで、いきなり急浮上してきたのです。
コミルを使って保護者との連携を深め、退会を減らして生徒数を増やしてきた教室でも、問合せに関しては友達紹介を中心に教室運営をしてきた教室は、保護者連絡が生徒のことに関する情報のやり取りだけで終わってしまいます。保護者の不安を解消するような情報交換ができず、保護者と連絡を密にしていても、問合せを増やせていません。
今、塾の社員が不安なように生徒の保護者も、生徒のことだけでなく、自分の将来や家族の将来のことが不安です。コロナ危機で、地球温暖化や世界の人口爆発と食糧危機など、将来に待ち構えているグローバル化した危機が襲って来る不安が増大しています。近い将来では、日本の景気はどうなるのか、リストラにあわないか、賞与はもらえるのかなど、不安は尽きません。その相談相手になる人はいないのです。その話し相手になるだけで保護者紹介は増やせると思います。教務力を付けるには時間がかかりますが、それ以外の情報は調べれば短時間で蓄積できます。生徒・保護者の経済的な状況や心理的な状況をコミルアンケートで調査し、それに対する不安解消の回答を個別に行うことによって、WITHコロナの時代にも問合せを昨年よりも増やせると思います。
9月の最新のデータでは、友達紹介が復活している傾向が見られます。大手塾の教室間の問合せ数の順位が、元に戻っているのです。若手の教室長の問合せが増え、ベテランの教室長の問合せが減少傾向にあります。
それでも、保護者は、今、全てを根本から見直そうとしています。塾選びも真剣に考えるようになっているのです。友達紹介は今後も重要でしょうが、保護者紹介も大事にしていく必要があります。
【2】退会の減少
内部的な特殊事情がない限り、どの塾も退会は減少しています。昨年の3分の2くらいの退会でおさまっています。これは、退会が実は転塾だったと言うことをあらためて気づかせてくれます。これをただラッキーなことだと考えず、今後退会を防止するにはどうしたらいいかを考えるヒントにしなければなりません。今まで、生徒・保護者の満足度を上げるしか退会の防止策はないと考えてきましたが、今後は、教室の近くの他塾情報にも敏感になる必要があります。生徒・保護者はそのような他塾情報も収集しながら塾選びを始めていると考えなければなりません。
たまたま、動きが鈍って、他塾への問合わせもしなければ退塾もしなかったのですが、裏を返してみれば、それだけ塾選びに慎重になっていると考えられます。ホームページなどからの他塾情報、生徒・保護者の口コミによる他塾情報に敏感になることで、転塾の危険性を認識しながら教室運営をしなければなりません。
【3】売上の減少(客単価の減少)
生徒数が減っている塾が多いので、売上の減少は広範囲で起こっています。しかし、客単価は塾によって大きく異なります。特に例年の夏期講習にあたる売上は、昨年の50%以下から120%程度まで、差が開いています。その原因は夏休みの短期化ですが、売上を増やしているところは、6月最初から、土曜や日曜を使った臨時の講習会を開いています。時期的に言うと1学期期末のテスト対策と銘打って臨時講習をやったところが多いと思います。6月、7月で昨年の夏期講習の40%から50%を7月の期末テスト前に確保しています。
このような塾は、お盆休みや土曜・日曜を返上して8月いっぱい、塾によっては9月に入っても夏期講習をやっているために昨年よりも大きな売上を獲得できたのです。一方夏期講習は夏休み中にやるものだと言う既成概念を捨てきれなかった塾は大きく売上を落とすことになりました。そのような塾は、3月から6月も大きく売上を落としてきていますので、痛手はさらに広がっています。問合せが減少したままですから、3月から5月の学校休校中の売上減少は、回復するどころか月ごとに減少幅が拡大しているのです。それに夏期講習の売上減は致命傷になりかねないほど、塾経営に痛手を与えています。
この塾間の客単価の差はどこから来ているのでしょうか。教育費の支出は3月が昨対135%、4月が130%と言うデータが有ります。家計簿アプリのビッグデータ解析によるものです。今、銀行の個人預金の残高は、UFJ銀行全体で昨年より2兆5千億円増えています。ある地方都市の1支店で、100億円増えています。子供一人当たりの教育費の支出もここ5年ほど伸び続けていました。塾ではあまり意識していなかったと思いますが、少子化の中、平均の年間所得が減少する中、塾の売上を維持して来た原因は、教育に対して保護者の真剣度が増し、一人当たりの教育費が増えていたからです。
そんな中、3ヶ月近く学校が休校し、保護者は子供の学習状況に大きく不安を感じていたのです。ですから、6月から塾が臨時講習会を開くと、夏期講習よりも参加率が高かったのです。
大手塾は、4月くらいから全面的にオンライン授業に切り替えた塾が多かったのですが、感染率が比較的高かった大阪でも、コミルで保護者の意見を聞き続けていると、オンライン授業を希望する人は、3月で10%、4月で20%、5月で30%程度です。けっこう感染率が高かった大阪でさえ、学校休校中で外出自粛要請が出ている中でも、7割以上は教室での授業を希望していたのです。
保護者の状況を把握しないまま、かってに保護者はこうだと決めつけて、経営判断を間違った塾が多かったと言うことです。ニュースで流れて来る、飲食業や観光業の窮状を全体に広げて考えた結果でしょう。具体的に、塾に通ってきている生徒・保護者の状況や考え方をしっかり聞き取り、塾の経営判断をしていかなければ、今後も大きな判断のミスが続くだろうと思います。
3月から8月にかけて分かったことの一つに、土曜や日曜でも必要であれば塾に来てくれる、お盆休みさえ生徒は塾に来てくれるということです。これも、今までの常識を捨てる必要がある点です。いつでもできるということではありませんが、必要なら土曜、日曜も使えるということは、塾の経営については大きなプラスです。教室の稼働率を大幅に上げることが可能になります。
塾の経営や教室運営も既成概念を捨て、生徒・保護者と共に考えて行く時代に入ったのではないかと思います。それが、いつでも生徒・保護者の考えが聞けるネット環境が整った時代の塾経営ではないでしょうか。
【4】通信教育の生徒数増
今年、3月と4月の家計簿アプリのビッグデータ解析による教育費の前年比35%アップと30%アップは、学習塾への支出増大ではありません。前回の、「コロナ危機の中の学習塾」と言う文書の中でも記したように、3月から5月までの学習塾の売上は、地域によって塾によって差が有りますが、10%から20%ほど減っていました。教育費の支出増大は、外出自粛要請が出る中で、教室に通う必要がある塾ではなく、家庭で受講できる通信教育への支出だったのです。スタディサプリは、3月までの会員数は60万人程度で簿増だったのですが、4月70万人、5月80万人といった増え方をしています。家庭の支出が3月でも、会費は前払制ですから、スタディサプリの会員数は4月に増加することになります。Z会の売上は、2019年の第一四半期(4月~6月)2、386億円、2020年の第一四半期2,738億円で、14.7%増えています。進研ゼミやこどもチャレンジを運営するベネッセの売上もここ数年順調に伸びてきています。あらためて調べてみると、通信教育の数は増え、それぞれの会員数も伸び続けています。Z会も高校生だけでなく、中学生、小学生も対象にするようになっています。
通信教育と言えば、昔は文字通り、紙の教材と問題を郵送し、通信添削をやるものでしたが、今は全てオンラインでの授業動画の配信、デジタル教材の配信、そしてオンラインでの個別指導又は個別の学習進捗管理がオプションで付いています。その料金も安く、スタディサプリでは、月額1,980円で全教科見放題、個別の学習進捗管理が付いて9,800円です。通信教育では、塾と比較すると、格安の料金が当たり前です。
また、スタディサプリは高校が利用を必修化するなど、個人で利用するだけでなく、学校全体が利用しています。学びエイドは、塾を通して使わせる例が多いのですが、学校が使わせたり、個人で加入していたりします。学びエイドは、無料でも利用できます。無料の場合、一日3コマまでの利用ですが、有料のプレミア会員でも、年間利用料金は9,800円です。
いまや、ネット系の映像配信は、通信教育のみならず、いろいろな形で無料から低価格の有料会員まで、幅広く浸透しています。それが、コロナ危機と学校休校で加速されました。塾としては、生徒にどのような映像授業を活用しているか聞いてからでないと、指導ができない時代に突入しています。知らずに指導していると、退会の危険が増すと言う状況まで広がっているのです。
3月から5月の塾サイドの売上減の原因と大きさを考えると、3月から5月に塾から通信教育に乗り換えたと考えるのは間違いです。この時期退塾は、大きく減少しているのです。塾に行くはずの生徒が、外出自粛要請で、塾ではなく通信教育を選択した人は少なからずいたと思われます。しかし、それだけなら受講料が塾より安い通信教育を選択したら、家庭の教育費の支出は下がるはずです。家庭の教育費の支出が上がったということは、塾を辞めずに、通信教育を併用した家庭が多かったと考える方が妥当でしょう。
そう考えると、8月、9月に問合せが増えている塾と一向に増えない塾の差が何であるか見当がつきます。学校休校中に行われた塾のオンライン授業やオンラインスクール、オンライン自習室、オンラインホームルーム、オンライン学習進捗管理などのサービスが通信教育よりも勝っていた塾が、保護者紹介により問合せを増やし、オンラインでの指導が通信教育より劣っていた塾が問合せを増やせないでいるのではないでしょうか。
9月20日現在、全国的に見ても、通信教育から塾に生徒が戻っている兆候は見られません。永遠に戻らないかもしれません。いや、ますます、通信教育に流れていくと考える方が自然だと思います。
塾サイドとしては、通信教育に対抗し、生徒の学習進捗管理や生徒への個別対応を強化するか、通信教育を併用して指導レベルを上げていくかの選択が迫られています。
【5】生徒・保護者のITリテラシーの向上
学校休校期間中、全国の学習塾でオンライン授業が広く取り入れられたことで、生徒や保護者のITリテラシーは急速に向上しました。ITリテラシーの三要素である、パソコンリテラシー、情報基礎リテラシー、ネットワークリテラシーの中で、特にネットワークリテラシーの向上は驚くべきものがあります。コロナ危機の前に、ズームで面談をやろうとしても、対応できない保護者がほとんどだったのですが、今や、平気でズーム面談ができます。講習会の案内等を動画で作成して見てもらうことにも抵抗が無くなっています。
ある塾で、有料の定期テスト対策の案内を動画で作成し、ズーム面談で申し込みを取ったところ、全社員が80%から83%の申込率の中にいました。つまり、一人ひとりの面談力ではなく、動画の説得力によって申込率が決まったのです。これは、大手塾等で、新米社員の講習会参加率や入塾率を上げられる可能性を持っているということです。パンフレットの作成なども、これから動画に置き換わっていくのではないでしょうか。講習会も、ズーム面談で申し込みを取る時代になって行くと思います。わざわざ塾まで来てもらう必要が無くなれば、保護者の負担も軽くなります。
【6】GIGAスクール構想の前倒し
学校休校やコロナ危機での持続化給付金の申請などで、日本のIT技術の遅れが顕著になりました。それを受け、2023年度末までに、公立の小中高生に、一人一台のタブレット端末の支給を決めていたGIGAスクール構想を、2年前倒しで行うことが決まりました。つまり、今から半年後の2021年3月末までに全国の小中高校でタブレット端末の配布を完了するということです。iPadかWindows又は ChromeのOSを搭載したノートパソコンから選ぶことになっていますが、iPadが人気のようです。しかし、急な話で、供給が追い付かず、2021年3月までに配布できないところも出そうです。
それよりも問題なのは、元々学校の先生をサポートするICT支援員の配置が計画されていましたが、その配置が遅れてしまっていることです。また、2023年までにやる予定だった研修が消化ができないことです。ハードを急いで配布しても、ソフトの指導ノウハウの構築が送れ、学校現場での混乱が予想されます。GIGAスクール構想の目的を実現するにはまだまだ時間がかかるでしょう。
教材のデジタル化や宿題のデジタル化、学習進捗管理への活用などと共に、アクティブラーニングへの活用も目的になっています。今使われている映像授業の配信や問題演習、学習進捗管理等に使われるタブレットの使い方とは全く違った使い方になります。
下記のタブレット等の活用画像を見ていただくだけで、いままでのタブレット等の使い方とは明確に異なることが分かると思います。
※詳しくは、「GIGAスクール構想の実現に向けたICT活用指導の向上及び指導体制の充実 文部科学省」を検索してください。上記画像は、その中の一部です。
学校の授業がデジタル化され、オンラインでの通信教育が拡大を続ける中で、学習塾はタブレット端末の活用インフラと活用ノウハウを早急に構築しないと、生徒・保護者の急速な塾離れが起きてしまう危険性があります。逆に言うと、GIGAスクール構想に沿った改革を早く進めた塾が生き残ることになると思います。
コロナ危機の課題に追い立てられ、GIGAスクール構想に対する備えをする余裕のない塾が多いと思いますが、この1年半は塾が生き残れるかどうかの分かれ道になります。息を止めてでも、全力疾走をしなければならない1年半になります。
1年半と言うのは、2021年31月までに学校に端末が入り、4月からGIGAスクール構想に基づく授業を始めても混乱が続くでしょうが、やがて将来の学校のイメージが見えてきます。それと並行して、学習塾も新たな学校現場の状況に沿った指導をしなければならなくなると思います。早過ぎたら、学校の変化が正確には予測できず、手探りばかりが続くでしょう。遅れたら、他塾に先を越されるでしょう。
※文章の中の情報は、ネットで検索したものか、顧問先や顧問先と他塾の情報交換によって入手した情報を基にしています。塾の固有名詞を出すことができませんが、実際の塾現場のデータに基づいています。
【連載:コロナ危機の中の学習塾】
Vol.1 困惑する学習塾。緊急事態宣言下から学ぶものはなにか?
Vol.2 塾の授業がオンライン化するだけでは代替できなかったもの
Vol.3 各塾の売上確保策と伸長策
Vol.4 迷ったときは消費者の声に耳を傾ける
Vol.5 生徒・保護者のITリテラシーの向上
Vol.6 WITHコロナの中の学習塾